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ゴッホとゴーギャン4

夢の「芸術家の家」

 「不健康な都会」であるパリから、健康な光に満ちたアルルに移ったゴッホは、今まで実現できなかったあるプランを実行することを思い立ちます。

それが「芸術家の家」です。

 画家になることを決意した時から、ゴッホは経済的に恵まれず貧しい生活を強いられている多くの画家たちのことを考えていました。ゴッホ自身もそうですが、真剣に芸術作品を創造しようとする者ほど世間的に理解されず、評価されることが難しい。ならば、一人ひとりの画家があちらこちらで孤立して生活せずに、一緒に集まって暮らし、制作すればよいのではないか。共同で生活費をまかなえば、一人で暮らすよりずっと経済的だと考えていたのです。

 ただ、そのことを実行に移す条件が、今まではまったく整わなかったのですが、アルルに移って、そこで一軒の貸家を見つけたことにより、ゴッホの長年の夢想はいっぺんに現実味を帯びきたのです。通称「黄色い家」と呼ばれていたのがそれで、この家はゴッホの作品にも描かれることにもなりました。

 新しい貸家には、大小それぞれ二つずつの部屋があり、大きい部屋をアトリエとして、小さい部屋を寝室として使えば、誰か他の画家と一緒にくらせるだろうと、ゴッホはテオに手紙で知らせています。

 勿論、広い分だけ家賃は高くつき、その上、自分用以外に訪れる画家のために、ベッドや椅子を購入する必要もありました。それでも、自分の夢がようやく実現しそうになったゴッホは、夢中になって、テオにお金を送ってくれるよう頼みました。新しい家具を買う段になって、これがゴッホの人間性を表しているのですが、自分用には最も安い家具を買いながら、来客用の部屋の為には、奮発して高い椅子や家具をそろえていました。その時に買った椅子が、『ゴッホの椅子』と『ゴーギャンの椅子』として描かれ残されているのです。
その絵を観ると、確かにゴッホの椅子はありふれた安価なもので、もう一つのゴーギャンが使っていた椅子は、肘掛のついた立派なものとして描かれています。



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ゴッホとゴーギャン3

透視力

 アルルにあるモンマジュールの丘から眺めた風景を描いている頃、ゴッホは弟テオ宛の手紙に、一緒にスケッチにいった画家が「こんな何もない所を描く気にはなれないな」と語ったことを伝え、その平凡な風景を自分は飽きることなく、もう50回以上も眺めに来ているのだとも書いています。(※ちなみに、ゴッホはこのように兄弟の中でも唯一気の合う弟テオドルスと文通を行っていました。)

 手紙に書かれたこの言葉は、それまでのどんな画家とも違う風景の見え方、そして描き方をゴッホが手に入れたことを物語っています。

 ゴッホは、内部から湧き出るその不思議な力を「透視力」と呼んでいました。




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ゴッホとゴーギャン2

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

 まず、前回の続きの前にゴッホ画伯について少しだけ簡単に紹介しておきます。

 名前は ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。(フィンセント・ファン・ゴッホ と表記されることも多いようです。これは読み方の差ですので、何が正しいとか間違っているとかは無いと思って下さって問題ありません。)

 このゴッホは、1853年3月30日にオランダにて、牧師の息子として生まれました。

 死後、印象派の画家として最大級の賞賛を得ていますが、生前はほとんど評価を得ることもなく、最大の理解者であった弟テオドルス(画商)の援助を受けて生活を続けていました。どちらかと言うと、不遇の人生を歩んだ画家なのです。

 日本では、1987年に安田火災海上(損保ジャパン)が『ひまわり』を約53億円で落札したことが知られています。この作品は損保ジャパン東郷青児美術館の所蔵作品となっています。



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ゴッホとゴーギャン1

「繊細な画家同士の共同生活」

 さて、今日からは、ゴッホという大変有名な作家と、ゴーギャンと言うやはり有名な二人の作家の濃密な関係をご紹介していきます。

 まずこのお話は、ゴッホがパリにいた弟テオの住む狭いアパートに無理矢理ころがりこんで、およそ2年間一緒に暮らしていたところからのお話とさせていただきます。

 ゴッホは当時、経済的にまったく恵まれない中で、画家として一生懸命に創作活動をしていました。

 そんなある日、ゴッホはパリでの暮らしをやめて、南フランスのアルルに移りすみました。それは1888年2月の、この地方には珍しい大雪の降る日でありました。
 パリでの生活に疲れ、どこか新しく暮らせる土地を探していたゴッホが見つけたのが、このアルルと言う土地です。印象派の画家たちと出会い、パリで発見した新しい色彩を自分のものにしたいと願い、南の地アルルを選んだのでありました。日本の絵にあるような明るい光に満ちた色を求めて移ったアルルという所が、本当にゴッホの期待通りの地であったかどうかは分かりませんが、恐らくいろいろな意味で、ゴッホが勝手に夢想していた所とは随分違っていただろうと創造できます。

 しかしゴッホがこのアルルの地で、今わたしたちが知る、あの驚くべき色彩画家へと変貌をとげたのも間違いのない事実なのです。

 さて、このアルルでの生活が彼をどのように変えていくことになるのか、これからゆっくりと書きすすめて行きますので次回からのこのブログにご期待ください。



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写楽7 ~その真実は・・・~

写楽の正体・・・その真実は?

前回のように、たくさんの説が吹き荒れる中、結局は誰も写楽の真実にたどりついていない、ということが真実なのです。

さて、もしこのブログを見て興味がわいた方がいらっしゃったら、ぜひ写楽について調べてみてください。
たくさんの面白い説がありますよ。
前回書いた説だけではなく、蔦谷デュースのオールスター説なんていうものもあります。
つまり、おにゃんこクラブやモーニング娘、AKB48のように、たくさんのスターたちが皆で描いているというものです。

そんな説まで読んでみると、新しい絵画の魅力に気付いていただけるかもしれません。

絵画の世界は、楽しい話や不思議な話、時には恐ろしい話まで、興味を持てる話がたくさんあります。
当ブログをきっかけに、ぜひ、たくさんの方に興味を持っていただけたらうれしいです。


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プロフィール

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代表取締役 登坂勇

「芸術の大衆化」を目指して

 長引く景気低迷にあえぎながらも、我々の周囲には溢れるほどの物質と情報が氾濫しています。かつてあれほど憧憬され期待された21世紀は確かにどこか歪な形で豊かな現在となり、同時に空球な日常となってしまったかのようです。
 耳を疑うような事件が繰り返される日々の中で、それでも遠く赤道のあたり、砂漠に緑を植え続ける人々がいます。
 環境を整備し、水を与えれば必ず息吹は蘇る・・・それは今ここに生きる我々にも言えることでは無いでしょうか。
 心の豊かさを忘れ日々の生活に疲れたそのとき、瑞々しさを取り戻すためには、アールブリアン株式会社が1985年創設以来変わらずに訴えてきた「感動する心」、それこそが、最も重要な生きる糧になるのではないかと我々は考えます。
 いつでも気軽に「感動」のきっかけとなりうる、芸術にふれられるように、我々は砂漠に緑を植えるべく、芸術の大衆化を目指し、真の豊かさを想像する環境造り追求してまいります。

アールブリアン株式会社



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