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写楽3 ~激変する作風~

激変する作風 不可解な事実の意味するところ

さて前回の続き、写楽の大きな疑惑の二つ目です。
これは、写楽の作品に、それぞれの制作時期によるあまりに明確な作風の変化が見て取れると言う事実なのです。なにも浮世絵に限らず全ての芸事は作風が変化していくこと自体当たり前ではありますが、写楽の場合たった十ヶ月のなかで一生涯にも匹敵するごとき転換が起こっているのです。

そこで、簡単に次のようにその変遷をまとめてみました。


第1期(28作品)寛永6(1794)年5月
 写楽作品として有名なものは、この時期に作成されたものがほとんどです。
 大首絵と言って、28作品全てが、胸から上をクローズアップした派手なスタイルとなっています。
 有名なものとしても、
 【三世大谷鬼次の奴江戸兵衛】や【市川鰕蔵の竹村定之進】、【松本米三郎のしのぶ】
 など、多くの作品があります。

第2期(37作品)寛永6(1794)年6月~7月
 第1期の大首絵から一変、全身像へと視点を移しています。
 背景処理も黄色に塗りつぶす「黄つぶし」を多用するなど、シックな感じの作風となったのが第2期です。
 有名なものとしては、
 【二世沢村宗十郎の名古屋山三と三世瀬川菊之丞の傾城かつらぎ】
 などがあります。

第3期(64作品)寛永6(1794)年9月~閏11月
 忽然と背景を描き始めたのがこの時期です。
 サイズや色遣いはむしろ地味になっていく反面、技術的には細部に凝るようになっています。
 有名なものとしては、
 【中山富三郎のささ浪辰五郎女房おひさ・実は安部貞任妹】
 などがあります。

第4期(15作品)寛永7(1795)年正月
 背景がいっそうデザイン化されていきます。
 大首絵で感情的な表現をしてデビューした写楽はわずか11ヶ月の間に様式的処理にまで行き着きました。
 この正月を最後に写楽は世の中から姿を消しました。
 この時期の有名なものとしては
 【八歳の大童山】
 などがあります。


上記をご覧いただければお分かりになるように、第一期から第四期まで、たかだか1ヶ月から3ヶ月ごとにモチーフやら版型(絵のサイズ)やらが猫の目のように変わりました。まともな作家にしては、いかがわしきこと限りなし、です。
しかも各期ごとに固め打ちでもするように、大量の作品がドッと放出される。
まるで『今回はこの路線で行こう、次回はそっちのセンでやろう』などと企画会議で練り上げられたプロデュース作品のようであります。これについては次回、詳しくふれることとします。



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代表取締役 登坂勇

「芸術の大衆化」を目指して

 長引く景気低迷にあえぎながらも、我々の周囲には溢れるほどの物質と情報が氾濫しています。かつてあれほど憧憬され期待された21世紀は確かにどこか歪な形で豊かな現在となり、同時に空球な日常となってしまったかのようです。
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 環境を整備し、水を与えれば必ず息吹は蘇る・・・それは今ここに生きる我々にも言えることでは無いでしょうか。
 心の豊かさを忘れ日々の生活に疲れたそのとき、瑞々しさを取り戻すためには、アールブリアン株式会社が1985年創設以来変わらずに訴えてきた「感動する心」、それこそが、最も重要な生きる糧になるのではないかと我々は考えます。
 いつでも気軽に「感動」のきっかけとなりうる、芸術にふれられるように、我々は砂漠に緑を植えるべく、芸術の大衆化を目指し、真の豊かさを想像する環境造り追求してまいります。

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