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写楽7 ~その真実は・・・~

写楽の正体・・・その真実は?

前回のように、たくさんの説が吹き荒れる中、結局は誰も写楽の真実にたどりついていない、ということが真実なのです。

さて、もしこのブログを見て興味がわいた方がいらっしゃったら、ぜひ写楽について調べてみてください。
たくさんの面白い説がありますよ。
前回書いた説だけではなく、蔦谷デュースのオールスター説なんていうものもあります。
つまり、おにゃんこクラブやモーニング娘、AKB48のように、たくさんのスターたちが皆で描いているというものです。

そんな説まで読んでみると、新しい絵画の魅力に気付いていただけるかもしれません。

絵画の世界は、楽しい話や不思議な話、時には恐ろしい話まで、興味を持てる話がたくさんあります。
当ブログをきっかけに、ぜひ、たくさんの方に興味を持っていただけたらうれしいです。


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写楽6 ~その正体を探る研究家たち~

写楽の正体

前回までの話で謎に包まれた写楽についてはご理解いただけたかと思います。

そこで、写楽の研究家たちが、写楽の正体が新人でなければ誰なのか?
真剣に研究しております。その研究家の方々の説を紹介しておきます。

齋藤十郎兵衛・・・ユリウス・クルト、定村忠士、中野三敏、内田由良哲次
葛飾北斎・・・由良哲次、中村公隆
喜多川歌麿・・・石田泰弘、石ノ森章太郎、土淵正一郎
谷素外・・・酒井藤吉、酒井雁高
蔦谷重三郎・・・横山隆一、榎本雄斎
十返舎一九・・・宗谷真斎
山東京伝・・・谷峰蔵
中村此像・・・池田満寿夫
歌川豊国・・・梅原猛
鳥井清正・・・中右瑛
流光斎如圭・・・三隅貞吉
栄松斎長喜・・・福富太郎
円山応挙・・・田口卯三郎
酒井抱一・・・向井信夫
秋田蘭画家・・・高橋克彦
蘭間の彫り師庄六・・・六代目歌川豊国
能役者春藤又佐衛門・・・鳥井龍蔵
アマチュア絵師・・・野口米次郎
貴人の画号・・・森清太郎
上方の絵師・・・三谷松悦
オランダ人シャーロック・・・中島節子
根岸優姿塞・・・中村正義
片山写楽・・・近藤善博
狂言作者篠田金治・・・渡辺保
絵師矢野典博・・・瀬尾長

などなど、まだまだ書ききれませんが、とりあえずここまでにしておきます。
このように、様々な憶測(推理?)の元、写楽の謎は展開しているのです。


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写楽5 ~敏腕プローデューサー~

黒幕 蔦谷重三郎プロデュースが謎を生む

黒幕・蔦谷重三郎について、もう少し続けます。

当時の江戸・出版事情を説明しはじめるとキリがありませんが、要は一人のボスが居たことを知ってください。この男こそ蔦谷重三郎。江戸の片隅で出版をはじめ『吉原細見』(今で言うところの、いわゆる風俗情報誌であります)という怪物的ベストセラーで巨万の富を得た人物です。

江戸のマスコミ界に彗星のごとく登場した写楽は、デビュー作から蔦谷重三郎の資本で『大首絵』つまり最高級の贅沢な作品を怒涛のごとく発表し始めます。しかしそれは、常識的に考えてありえないことなんです。
なぜかと言えば、蔦谷はすでに歌麿など錚々たるスターを育て上げてきた大物プロデューサーです。空から降ってきたような無名の新人である写楽に、それほどの資本をかけてデビューさせるのはいかにも不自然。技術的にも、様々な部部分に癖を持つ作風、プロと素人の差を云々するのは絵画にとって非常に難しいところではありますが、やはり、新人と呼ぶには不自然な点が非常に多いのです。

ならばこう考えるのはいかがでしょう。つまり、写楽は無名の新人ではなかったのだ、と。

そう、なのです。この仮説こそが、多くの研究家を生み出すきっかけとなるところなのであります。そうして、研究家の皆様の想像力が膨らみはじめるのです。


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写楽4 ~蔦谷重三郎~

プロデューサー 蔦谷重三郎
アーティスト   東洲齋写楽


多くの研究者にとって、これら疑惑が指し示しているところは一つ。
写楽がプロデュースされた架空のキャラクターで、正体は別人だったという仮説です。

プロデューサーがいて、才能をもったタレントがいる。タレントはいつもの名を隠して別のキャラクターとして期間限定のパフォーマンスを行なう。そしてそこに、きわめてコマーシャルなビジネスが成立する。いささかファンタスティックな想像ですが、私が思うに、そういう発想こそが江戸と現在を重ね合わせる発見のスリルなのではありませんか。
ならば裏方としてプロジェクトをあやつる黒幕は誰?

ここで蔦谷重三郎の登場です。

写楽が怪人なら、この旦那は怪物。ここで役者がそろったわけです。

と、言うことで続きは次回。



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写楽3 ~激変する作風~

激変する作風 不可解な事実の意味するところ

さて前回の続き、写楽の大きな疑惑の二つ目です。
これは、写楽の作品に、それぞれの制作時期によるあまりに明確な作風の変化が見て取れると言う事実なのです。なにも浮世絵に限らず全ての芸事は作風が変化していくこと自体当たり前ではありますが、写楽の場合たった十ヶ月のなかで一生涯にも匹敵するごとき転換が起こっているのです。

そこで、簡単に次のようにその変遷をまとめてみました。


第1期(28作品)寛永6(1794)年5月
 写楽作品として有名なものは、この時期に作成されたものがほとんどです。
 大首絵と言って、28作品全てが、胸から上をクローズアップした派手なスタイルとなっています。
 有名なものとしても、
 【三世大谷鬼次の奴江戸兵衛】や【市川鰕蔵の竹村定之進】、【松本米三郎のしのぶ】
 など、多くの作品があります。

第2期(37作品)寛永6(1794)年6月~7月
 第1期の大首絵から一変、全身像へと視点を移しています。
 背景処理も黄色に塗りつぶす「黄つぶし」を多用するなど、シックな感じの作風となったのが第2期です。
 有名なものとしては、
 【二世沢村宗十郎の名古屋山三と三世瀬川菊之丞の傾城かつらぎ】
 などがあります。

第3期(64作品)寛永6(1794)年9月~閏11月
 忽然と背景を描き始めたのがこの時期です。
 サイズや色遣いはむしろ地味になっていく反面、技術的には細部に凝るようになっています。
 有名なものとしては、
 【中山富三郎のささ浪辰五郎女房おひさ・実は安部貞任妹】
 などがあります。

第4期(15作品)寛永7(1795)年正月
 背景がいっそうデザイン化されていきます。
 大首絵で感情的な表現をしてデビューした写楽はわずか11ヶ月の間に様式的処理にまで行き着きました。
 この正月を最後に写楽は世の中から姿を消しました。
 この時期の有名なものとしては
 【八歳の大童山】
 などがあります。


上記をご覧いただければお分かりになるように、第一期から第四期まで、たかだか1ヶ月から3ヶ月ごとにモチーフやら版型(絵のサイズ)やらが猫の目のように変わりました。まともな作家にしては、いかがわしきこと限りなし、です。
しかも各期ごとに固め打ちでもするように、大量の作品がドッと放出される。
まるで『今回はこの路線で行こう、次回はそっちのセンでやろう』などと企画会議で練り上げられたプロデュース作品のようであります。これについては次回、詳しくふれることとします。



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プロフィール

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代表取締役 登坂勇

「芸術の大衆化」を目指して

 長引く景気低迷にあえぎながらも、我々の周囲には溢れるほどの物質と情報が氾濫しています。かつてあれほど憧憬され期待された21世紀は確かにどこか歪な形で豊かな現在となり、同時に空球な日常となってしまったかのようです。
 耳を疑うような事件が繰り返される日々の中で、それでも遠く赤道のあたり、砂漠に緑を植え続ける人々がいます。
 環境を整備し、水を与えれば必ず息吹は蘇る・・・それは今ここに生きる我々にも言えることでは無いでしょうか。
 心の豊かさを忘れ日々の生活に疲れたそのとき、瑞々しさを取り戻すためには、アールブリアン株式会社が1985年創設以来変わらずに訴えてきた「感動する心」、それこそが、最も重要な生きる糧になるのではないかと我々は考えます。
 いつでも気軽に「感動」のきっかけとなりうる、芸術にふれられるように、我々は砂漠に緑を植えるべく、芸術の大衆化を目指し、真の豊かさを想像する環境造り追求してまいります。

アールブリアン株式会社



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