スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ゴッホとゴーギャン9

ゴッホに比類なき色彩をもたらしたもの

 ゴッホが夢見た「芸術家の家」なるものも、現実的に考えれば、夢物語には違いないでしょう。しかし、それはゴッホという人間がずっと追い求めていた、一種の理想的な社会の雛形でもありました。ボリナージュで、あるいはシーンの時に、それを実行しようとして、その度に傷ついています。ゴッホが光を求めるごとに、闇がもっと深まっていくような気配さえ感じられます。

 ゴッホの色彩の明るさ、その光の強さの奥底には、むしろ全く光が射さない暗闇が潜んでいて、それは生涯ゴッホから消えることはなかったのですが、その暗闇の深さが、ゴッホに比類なき色彩をもたらしたともいえるのではないでしょうか。


他の美術ブログを見る

ゴッホとゴーギャン    前へ  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12   次へ
スポンサーサイト

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

ゴッホとゴーギャン8

ゴッホ 無償の働きかけがもたらすもの

 前回の二つの出来事の経過をたどれば、ゴッホの常識をはずれた行動が、周りの人たちを困らせ顰蹙(ひんしゅく)を買う結果となっていることは誰にでも分かるのではないでしょうか。世間的常識を知らないエキセントリックな人間が、周囲に災いをもたらしているといっていいかも知れません。

 けれども、よく考えてみると、ゴッホの「非常識さ」とは、決してエゴイスティックな自分の利益のためではなく、その反対で常に他人に対する無償の働きかけから発せられていたのです。この他人への無償の働きかけが、ゴッホを社会から孤立させる原因となり続けたのです。しかしながら、他人のことを考える人間を社会から排除することは、今考えてみれば、おかしなことではないでしょうか。

 とはいえ、当時の社会がゴッホのような者を容易に受け入れないことも残念ながら事実だったのです。




他の美術ブログを見る

ゴッホとゴーギャン    前へ  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12   次へ

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

ゴッホとゴーギャン7

ゴッホの性質

 相手が喜ぶなら自分の持っているものさえ与えてしまおうとするゴッホの生き方は、様々な形で人間関係をおかしくしていました。例えば次の様な話があります。

 アルルに来るずっと以前、ゴッホがまだ画家になる決心をしていない頃、伝道師の見習いのような形で派遣されたベルギーにあるボリナージュ炭坑で、悲惨な生活にあえぐ炭坑夫たちの生活を眼にしたゴッホは、自分だけが安定し保証された生活を送りつつ神の言葉を述べ伝えるという欺瞞(ぎまん)に耐えられず、着ていた衣服も食料も金銭までも貧しい炭坑夫の家族に与え、病人を献身的に看病していました。しかし、監視に訪れた教会関係者から、そのあまりにもみすぼらしい身なりと生活とが伝道師としてふさわしくないという理由で追放されてしまったのです。

 更にそのボリナージュから数年後、ハーグにいたゴッホはシーンという女性と知り合いました。彼女は身重の娼婦で連れ子までいたましが、ゴッホは彼女に同情し、かまわずシーンとその家族を引き取り一緒に暮らし始めたのです。そのことをきっかけに、絵を教えてもらっていた画家マウフェに絶交を言い渡され、そして常にゴッホを支えてきた弟テオも、シーンと別れるように強く言ってくるという人間関係のこじれを作ってしまいました。

 ボリナージュでのことも、あるいはシーンとの同棲生活のことも、ある意味で、ゴッホの過剰な同情心が引き起こしたことなのであったのです。




他の美術ブログを見る

ゴッホとゴーギャン    前へ  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12   次へ

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

ゴッホとゴーギャン6

ゴッホのひまわり

 ゴーギャンの部屋に飾った飾ったひまわりですが、実は、ひまわりをモチーフにして描いた作品を、ゴッホはパリにいる時にも描いていたのです。

 ゴーギャンはそれを見て気に入り、自分の作品と交換して手に入れていました。つまりゴッホは、ゴーギャンが自分のひまわりの絵を気に入るだろうことを知っていたのです。

 アルルで描かれたのは、全面が黄色に塗られたものでした。ゴッホの最初の考えでは、ゴーギャンの寝室を飾るために十二点のひまわりの絵を描こうとしていました。

 しかしながら、そのとき実際に描かれたのは四点で、その内二点を実際に壁に掛けました。また後に、オリジナルを元にした模写を自ら制作しました。その中の一点は現在日本の美術館に所蔵されています。

 一点だけでも強い印象を放つ『ひまわり』が、もし本当に十二点制作されて壁に飾られていたらどうだったでしょうか。ゴーギャンはそれを見てどう思ったのでしょう・・・。明るくするというよりも、少し明るさを通り越したものが感じられないでしょうか。

 この話には、ゴッホの人間性そのものがよく現れています。それは、相手が喜ぶなら自分の持っているものさえ与えてしまおうとするのがゴッホの生き方だからです。だからこそ逆にこれが、人に喜ばれるよりむしろ敬遠され、人との関係をいつもそこねる原因となっていたのです。



他の美術ブログを見る


ゴッホとゴーギャン    前へ  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12   次へ

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

ゴッホとゴーギャン5

ゴーギャン、アルルへ

 ゴッホは、他に一緒に生活しようと多くの画家に声をかけました。しかしながら誰一人としてゴッホに賛同してくれるものはいなかったのです。

 そのような中、ゴッホからアルルに来て一緒に暮らすように誘われていたゴーギャンも、やはり乗り気ではなく、いろいろと理由をつけてアルル行きをしぶっていました。

 結局、ゴーギャンにアルル行きを決心させたのは、ゴッホからの説得ではなく、パリにいるゴッホの弟テオからの金銭的な支援の申し入れと、兄のいるアルルに移って欲しいとの要請によるものだったのです。画商であるテオに作品を委託し、販売してもらっているゴーギャンにとって、兄ゴッホよりも弟テオとの関係の方が、現実的により重要であったと言うことなのです。

 いずれにしても、ゴッホの独り見知らぬ土地で暮らす生活がようやく終わり、しかも画家として尊敬すべきゴーギャンが来てくれることになったことの喜びはきっと大きかったに違いありません。

 その喜び様は次のようなエピソードからも分かります。

 ゴッホは、ゴーギャンに用意した部屋を味気ないものにしないために、部屋の壁を自分の作品で飾ることにしたのです。それこそがゴッホの全作品中もっとも名高い作品となった『ひまわり』なのであります。



他の美術ブログを見る

ゴッホとゴーギャン    前へ  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12  次へ

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術


プロフィール

Author:・・・
代表取締役 登坂勇

「芸術の大衆化」を目指して

 長引く景気低迷にあえぎながらも、我々の周囲には溢れるほどの物質と情報が氾濫しています。かつてあれほど憧憬され期待された21世紀は確かにどこか歪な形で豊かな現在となり、同時に空球な日常となってしまったかのようです。
 耳を疑うような事件が繰り返される日々の中で、それでも遠く赤道のあたり、砂漠に緑を植え続ける人々がいます。
 環境を整備し、水を与えれば必ず息吹は蘇る・・・それは今ここに生きる我々にも言えることでは無いでしょうか。
 心の豊かさを忘れ日々の生活に疲れたそのとき、瑞々しさを取り戻すためには、アールブリアン株式会社が1985年創設以来変わらずに訴えてきた「感動する心」、それこそが、最も重要な生きる糧になるのではないかと我々は考えます。
 いつでも気軽に「感動」のきっかけとなりうる、芸術にふれられるように、我々は砂漠に緑を植えるべく、芸術の大衆化を目指し、真の豊かさを想像する環境造り追求してまいります。

アールブリアン株式会社



【モバイルサイト】

アールブリアン株式会社(mobile)



にほんブログ村 美術ブログへ


最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。